死んだらどうなる?

死んだら死んだとき

という言葉をしばしば耳にします。

ほんとうにそう思えるでしょうか?

火事になったら火事になった時、

病気になったらなった時、

と全く保険にかかってなかったとしたら?

「保険かけとけばよかったのに!」

と大変、後悔するでしょう。

特に根拠もなく「死んだら死んだとき」なんていっている人は、臨終に慌てふためくかもしてません。

仏教で死後どうなるか、親鸞会で詳しく教えられているようです。

Posted under 未分類 by ろーどらんなー on 火曜日 31 7月 2012 at 5:07 PM

クリント・イーストウッドの最新作「ヒア・アフター」テーマは「死」

 

ベテランすぎる俳優にして監督、クリント・イーストウッドの最新作は「ヒア・アフター」

アカデミー賞作品賞と監督賞を二度受賞。

そんなクリント・イーストウッドが、スピルバーグと組み、マット・デイモンらを起用し、80歳の今、描いたものとは「死」についてでした。

やはり、一番の問題になるのは「死んだらどうなるか」ということなのでしょう。

内容がどうこうはともかく「死」をテーマに選んだことに注目したいです。

Posted under 未分類 by ろーどらんなー on 水曜日 2 2月 2011 at 2:16 PM

「天国と地獄があるとすれば死んだあとアナタはどっちに行くと思いますか? 2001人アンケート」

ガジェット通信というサイトで「天国と地獄があるとすれば死んだあとアナタはどっちに行くと思いますか? 2001人アンケート」がなされました。

http://getnews.jp/archives/88670

結果は以下のとおり。

<天国と地獄、アナタはどっちに行くと思いますか?>
天国に行くと思う  1136票 (56.8%)
地獄に行くと思う  865票 (43.2%)
無回答 23票
結構、「地獄」を選んだ人が多いですね。

 アンケート回答者のコメントの一部も紹介されていました。>

・地獄なう
・私、地獄、行く
・天国にいけるほど善行を積んでいない
・地獄へ行くほどの悪行まではした覚えは無いけどどっちがお似合いかと問われれば地獄
・妖精になる予定
・地獄の種類って多かったからな…行きたくないけど行きそう
・生物殺しただけで地獄生きらしいから天国に行けないな
・毎日が地獄です
・天国に行けると思ってるやつのほうが多いことに驚き
・自分に自信があるやつが多いんだな
・天国=特権階級、地獄=奴隷労働なんだろ?
・既に、生き地獄。もう死後の世界とか輪廻転生とか、勘弁してください
・天国に行きたいと思うのが普通だよ
・天国に行く条件、地獄に行く条件が分からないから分からない

さて、あなたはどちらとお考えでしょうか?

Posted under 未分類 by ろーどらんなー on 月曜日 15 11月 2010 at 11:20 AM

死んだらどうなる? 岸本英夫教授の場合(9)

前回の続きです。

岸本英夫教授は「死んだらどうなる」が最大の問題だと語り、
次のようにも書いています。
人間が、ふつうに、幸福と考えているものは、傷つきやすい、みかけの幸福である場合が、多いようであります。それが、本当に力強い幸福であるかどうかは、それを、死に直面した場合にたたせてみると、はっきりいたします。
 たとえば、富とか、地位とか、名誉とかいう社会的条件は、たしかに、幸福をつくり出している要素であります。また、肉体の健康とか、知恵とか、本能とか、容貌の美しさというような個人的条件も、幸福をつくり出している要素であります。これが、人間の幸福にとって、重要な要素であることは、まちがいはないのであります。だからこそ、みんなは、富や美貌にあこがれるのでありまして、それは、もっともなことであります。しかし、もし、そうした外側の要素だけに、たよりきった心持でいると、その幸福は、やぶれやすいのであります。そうした幸福を、自分の死と事実の前にたたせてみますと、それが、はっきり、出てまいります。今まで、輝かしくみえたものが、急に光を失って、色あせたものになってしまいます。お金では、命は、買えない。社会的地位は、死後の問題に、答えてはくれないのであります。
いかに「死んだらどうなるか」という問題が根源的なものかが
わかりますね。

この大問題の解決を教えたのが仏教と言われます。
親鸞会では、仏の教えを、忠実に、分かりやすく話がなされています。

Posted under 未分類 by ろーどらんなー on 水曜日 13 10月 2010 at 11:24 AM

死んだらどうなる? 岸本英夫教授の場合(4)

岸本英夫教授を通して「死んだらどうなる?」について書いています。

今回が4回目。

「死の苦しみについて、人々が、まず思うのは、
死にいたるまでの肉体的な苦しみである。
高い熱がいつまでも続く。
胸が、しめつけられるように苦しい。呼吸が困難になる。
そして、ついに、断末魔の苦しみが来る。
口からはあわを吹き、大小便を垂れ流して、
あえぎながら、最後の息を引きとる。思っても、ぞっとすることである。
 そこで、死にいたるまでの病の苦しみさえなければと、
人々は考える。しかし、問題は、それほど単純ではない。
死の苦しみの中には、もっともっと、深刻なワナがかくされている。
 肉体的な病気の苦しみは、かりにそれが苦しくても、
それは、死にいたるまでのことである。
死そのもののもたらす精神的な苦しみは、別のものである。
 死自体を実感することのもたらす精神的な苦しみが、
いかに強烈なものであるか、これは、知らない人が多い。
いな、むしろ、平生は、それを知らないでいられるからこそ、
人間は幸福に生きていられるのである。
しかし、死に直面したときには、そうはいかない」    

ほんと死んだらどうなるのでしょう?
肉体以上に辛いといわれる精神的苦痛。。。

親鸞会の友人から「死んだらどうなるか」について聞いたことが
あります。
今度もっとくわしく聞いてみようと思います。

Posted under 未分類 by ろーどらんなー on 土曜日 1 5月 2010 at 9:03 PM