死んだら意識はどうなるの?
死んだらどうなる?って訊ねていると、友人を通して面白い話を聞くことができました。その人は親鸞会というところで仏教の勉強をしているらしい。初耳です。
信じるかどうかはベツとして、ちょっとその話を紹介したいと思いマス。
そもそも死んだらどうなるか考えてみると、どうもハッキリしませんよね。
死んだあとは有るとか無いとか断言している人でも本当のところは、
「と、思う」を省略しているのでしょう。
で、その友人は、「ハッキリしないことは不安じゃない」と聞いてきました。
確かにそうだよね。
大学受験の時も、合格しているかどうかハッキリしないからドキドキしたし、
仲がいい人で、私にも好意をもってくれているんじゃないかと思うんだけど、
どうもハッキリせずに、ドキドキ、そして眠れぬ夜。
停電なんかになると、それこそハッキリみえないから壁づたいにゆっくり
歩いて、それこそ不安一杯です。
なるほど、そうだね、それはそう。
ハッキリしないと不安、友人のいうとおり。
そこで話がもどって「死んだらどうなるかハッキリしないから、人はみな
なんともいえない不安な心を抱えているんだよ」っていうわけ。
うーん、一気に哲学だな。
そうか、なんともいえない不安な心か、たまに感じるかも。
何がというわけでもないのに、淋しくなったり、漠然とした不安な心を
感じたりすることあるものね。
そしてその死んだらどうなるかハッキリしない心を仏教では「無明の闇」
というらしい。
この「無明の闇」はかなり大事な仏教の言葉なのだそうだ。
これは「心の病」にもたとえられるそうなんだけど、一般的につかう、
「心の病」とは別みたい。
「魂の病」って感じかな?
そのことについてまた詳しく聞かせてもらえるようだから、楽しみの一つと
しておきましょう。